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加賀百万石文化が受け継がれてきた石川県

こんにちは。夫の転勤で石川県金沢市にやってきて10年目の”コロママ”です。
金沢、とっても気に入っていますよ。皆さんご存じと思いますが、金沢は、加賀藩前田家のお城・金沢城があった城下町です。 私は、もともと古い建築や工芸品が好きだったので、古い町並みを散策したり、伝統工芸のお店やギャラリーなどを巡ったりして、金沢を満喫しています。
石川県には、他にも、輪島、七尾(ななお)、小松、鶴来(つるぎ)、白峰(しらみね)など、歴史のある町がたくさんあります。しっとりとした町並みが残り、例えば、輪島塗や九谷焼など、加賀百万石の時代からの伝統文化が受け継がれてきているんです。
このサイトでは、私の第二の故郷・石川県の、工芸や文化、おいしいものなどをご紹介したいと思います。 石川県にいらっしゃることがありましたら、ぜひ参考になさってくださいね。

前田利家が金沢城にやってきて、加賀藩が始まる

「加賀百万石」というのは、102万石を有した加賀藩を表す言葉です。外様大名でありながら、大名の中では一番大きい石高の藩だったのです。
石川県の古い呼び名は、県北部が能登、県南部が加賀。加賀だけだとそんなに広くなくて、百万石もあったのか、という感じがするのですが、実は、加賀藩は加賀、能登、越中の大部分を領地としていたのです。(越中は今の富山県です。)だから、結構な広さだったのですね。

加賀藩の藩祖は前田利家。奥方様は良妻賢母と言われたまつ。NHKドラマ「利家とまつ」で全国的に有名になりましたよね。
利家は、もともと能登を治めていたのですが、1583年、羽柴秀吉と柴田勝家との戦、賤ヶ岳(しずがたけ)の戦いによる功績を認められて、加賀を秀吉より与えられ、金沢城に入城しました。
金沢市で毎年6月に行われる「金沢百万石まつり」は、この、利家の入城にちなんだ祭りで、俳優さんや女優さんが利家とまつに扮して行列を再現しています。

天守閣は、焼失したあと再建されていませんが、金沢城には、瓦をしっくいで貼付けたなまこ壁の石川門や地元産の戸室(とむろ)石で築かれた石垣などが残っています。とても気品のあるお城だと思います。
余談ですが、この金沢城、20年前までは金沢大学のキャンパスでした。社会人になったばかりの頃、金沢に旅行で来たのですが、城跡に大学があると知ってびっくりしました。こんな素敵な環境だったら、勉学もはかどるのでは?と思いましたよ。ちなみに金沢大学の前は陸軍の司令部が置かれていたそうです。

百万石文化が花開く

関ヶ原の合戦後、二代藩主利長が越中を与えられ、百万石と言われる加賀藩の基礎ができました。
三代利常は優れた内政を行いましたが、一方で、茶の湯などの芸術や工芸にも力を注ぎました。
彼は、鼻毛を伸ばしてバカ殿様を装っていたそうです。外様大名でありながら、全国一の財力を持っていた前田藩。幕府の警戒から逃れるための利常の策略だったのでしょうか?

そして、学問好きだった五代藩主綱紀(つなのり)もまた、学問や芸術の保護・育成に努め、有り余る財力で古今の書物や美術工芸品をコレクションしました。 金沢は加賀宝生(ほうしょう)という能楽の盛んな土地ですが、宝生流能楽を取り入れたのも綱紀でした。ちなみに兼六園の近くにある金沢能楽美術館では、能装束の着付けや能楽や和楽器の体験をすることができるんですよ。 日本三名園のひとつである兼六園も彼の時代に作られました。加賀藩の芸術や文化は綱紀の時代に大きく開花し、今に伝わっているのですね。

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